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劇場版「鬼滅の刃」無限列車編 @TOHOシネマズ ファボーレ


もしも ”きっとこの人は流行りものには乗っからないだろう” と思われていたら、それはそれで嬉しいのですが、単行本最終巻の発売日の朝刊5紙に4枚もの全面広告を打てるほどに巨大化した作品をさすがに看過できないと思い、観念して 『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』 を観に行ってきました。めざすは昨年秋に大幅に増床&改装リニューアルしたショッピングモール、「フューチャーシティ・ファボーレ」内に併設されています「TOHOシネマズファボーレ」 でございます。



ちょうど前々日に単行本最終巻を買って読んだテンションで挑むので、心に何の迷いもありません(ぉ アニメはフジテレビで放送されたのをまとめて観たし、なんなら原作は不眠症のついでに家族旅行で泊まったSLハウスで読み切ったので、これ以上ないくらいに準備万端なのである。(無限列車編に相当する7巻~8巻めあたりを読んでいるときに、はじめてSLハウスに泊まっているというタイムリーさに気づいた←)

ちなみに次男が着けているマスクは友人手製のもの(いつもありがとうございます)。すっかり気に入ってこの日も迷わず着けてきました。




お昼の回ギリギリに飛び込んだのは、スクリーン6(220席+車椅子席1つ)。スクリーンサイズは5.3×10.8mということで、このシネコンの中では2番目に大きい環境。いちばん大きなスクリーン6は、『STAND BY ME ドラえもん2』 だったはず。

よもやネタバレという無粋なことはしたくないので詳細は華麗に避けたいと思いますが、気になったところといえばラストの後(日本語おかしい)、原作ならば煉獄さんの生家へ赴き、弟の千寿郎と父である槇寿郎へ杏寿郎から託された言葉を伝えに行く―というシーンでエンドタイトルが流れればよかったのになあ、と思ったり思わなかったり。まあ、そこまで描いてしまうと映画の主役が炭治郎であるのが薄まってしまうからでしょうか。

それと、「下弦の壱・魘夢(えんむ)」 に夢を見させられていることに気づいた炭治郎が、夢の中の自分にそれを伝えようとする場面、原作も同じ描写ですがともに違和感を感じました。



川の水面に映る姿に驚く夢の世界の炭治郎、興味深いことに”鏡合わせ”ではなく”マジックミラー号”の中から見たかのように描かれていました。現実では水面に映る炭治郎の額の痣は右側であるべきはずなのに、原作でも映画でも明らかにまるで窓の外から覗いているような描写をされているのは興味深いですねえ・・・。




よく考えてみれば、次男と映画を観に行ったのはこれが初めてでした。その記念というわけでもないですが、パンフレットをゲット。豪華版はすでになく通常版(1,000円)でしたが、次男にはこれでじゅうぶん。家に帰ってからさっそく絵コンテを参考に我妻善逸の絵を描いていました。そーかそーかお前も善逸派かあ。

善逸といえば、この無限列車編の中でも無類の強さを発揮しますが、それもこれも彼自身の能力が眠りに落ちたときにはじめて発揮されるのであって、魘夢に眠らされていることが逆に善逸を強くさせたというシチュエーションに思わず笑ってしまいました。いやあ、これ本当に計算ずくだったら最高に巧いよね。ともすればただの賑やかしやコミックリリーフ止まりとなるようなキャラクターに、こうした見事な設定を与えることで主人公ばりに活躍させることもできちゃうという。

結局、この 『無限列車編』 での炭治郎の印象は、敗走する手負いの 「上弦の参・猗窩座」 に対して泣きながら罵詈雑言を浴びせるだけだったというのは意地悪な見方かもしれない(苦笑。しかし、原作では活躍する場面がやや淡泊に感じた煉獄さんの戦闘シーンが Ufotable による見事なアニメーションでとても躍動的に描写されていてすごかったです(語彙力。

ところで、主題歌である LiSA が歌う 『炎(ほむら)』 という楽曲、なんとなく途中から米津玄師の 『Lemon』 に聴こえてくるのはおれだけなのだろうか。

―僕たちは燃え盛る旅の途中で出会い 手を取りそして離した未来のために 胸に残り離れない 苦いレモンの匂い 雨が降り止むまでは帰れない―








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