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常願寺川橋梁へ行ってきた


宮島峡で写真を撮ってきたときの設定のまま、気づかずにいたけどまあいいか。アスペクト比21:9で切り取られた鉄道写真もまた一興ということで・・・。

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というわけで、久しぶりに常願寺川橋梁へやって来ました。この日はフェーン現象で生暖かい強い風が吹いていたので、あえて橋梁を渡る電車を撮ろうかと。なぜなら、風が強いときって電車で橋の上で徐行したりするでしょう? 最近のミラーレスカメラのようにファインダや液晶モニタの表示とのタイムラグがほとんどないモデルならまだしも、4年前のモデルだとやはり不安が残るので、速度があまり出ていない条件を味方につけようと思った次第。連射はしない、それは自らに立てた誓い―。


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さっそく来たのは17480形の第1編成。立山連峰をバックに走る元東急8590系。このところ本当によく見かけるようになりました。


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続いてこちらも元東急の車両で、17480形ではいちばん新しい第4編成。2020年2月にデビューをしたはず・・・。冬期には外される排障器がまだ装着されたままですね。拝承(


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たまに見かけるとホッとする、富山地鉄オリジナルカラーの車両。14760系の第3編成です。この塗装の車両がここ数年で引退→解体となっているので、貴重さがマシマシですよ、本当に。


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元京阪3000系の車両に富山地鉄のオリジナルカラーを施した、10030系の第3編成。足回りが国鉄DT32形台車というだけでご飯がススム面白い車両です。日本国内にはいろんな路線がありますが、それぞれが相互乗り入れをするわけではないので、いざ車両の譲渡となったときには電源系統の交換も含め、その路線で走れるように改造が必要になるのですが、その部品選びがいちいちシブイのが富山地鉄。よくこんなん思いついたなーと感心してしまいます。


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さて、帰り支度を始めてようやくアスペクト比を3:2に戻していなかったことに気づいたので、最後に悔し紛れに撮った一枚。またしても元東急。使えるものはなんでも再利用するという心意気はきらいじゃないけど、こうしてどんどん知らない町の電車に代わっていくのは、なんとも言えない気持ちになることがあります。


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鉄と私③


せっかく連休を取ったのに、前日までの仕事がキツ過ぎて遠出をしての写真撮影なんてとてもとても、というテンションの中、それでも一日ずっと部屋にこもりっきりというのも精神的によろしくないと思って、またまた稲荷町駅アゲイン。

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鉄道車両の写真を撮るだけなら、日陰または日向の影響の少ない曇りの日のほうが歩留まりは良いはずなのだが、おれが撮りたいのはそんなんじゃないんだよなあ・・・とか思いながら、この日は元東急の車両を撮って帰りました。


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翌日、予報通りにいい天気だったので午前中のうちに家の用事を済ませ、いつもの時間にはやや遅れながらも参上、現地到着5分で本懐を遂げるなど。これこれ、こういうのが撮りたかったんだよ!・・・ちゃんと地鉄オリジナル車両が撮影できてよかったなあ。


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満足したところで、これまでマンネリ気味だった撮影ポジションから脱却するべく、稲荷公園内を新たな構図を求めて歩きます。途中、MJの手袋らしき落とし物を見つけました。そうか、ここはネバーランドか(絶対違う


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少し視点をずらせば、カモさんたちが泳いでる様子を見ることができたりとか、本来ならあまりガツガツしないでのんびり歩くべき場所なのかもしれない。


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そして、ようやくたどり着いた場所から見えたのは、どうみても東急電鉄でした。本当にありがとうございました。



鉄と私②


気に入った撮影地を見つけると、覚えたての男子中学生のようにリピートしてしry・・・というわけで、昨日に引き続き富山地方鉄道稲荷町駅へとやって来ました。

今回の目当ては、いつものアピタ側でなく富山駅方面のポイント近くで対面で先頭車両を撮ろうという計画。

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イメージ的にはこんな感じで撮れたらいいなと思って。実は狙っている撮影地で同じような構図が得られることに気づいて、そのうちやってみようと思っていました。


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が、この日は思惑どおりにはいかず、まあ普通に元京阪3000系の富山地鉄10030系第6編成が目の前を通って行っただけでした。この元京阪電車を富山地鉄で走らせるために、台車をFS577から国鉄451系に使われていたDT32へと換装しちゃったというんだから、よくもまあ思いついたというかやってのけたというか。


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いい感じに切り残した生垣が邪魔をするあるある。


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先日到着したばかりの西武10000系(クハ10106・モハ10206・モハ10606・クハ10102)たんは、奥ゆかしく奥の方に・・・。レッドアローパイセンのまるで 「おれのオンナに手を出すな」 的な目線が痛い←病気

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そんなパイセンも、何やら様子がおかしいぞ。


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ここからだとまるで地鉄の14760系に牽引されているように見えます。詳細は結局分からないままでした。


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こちらは先ほどの元京阪3000系と同じ塗装ですが、車両は富山地方鉄道オリジナルの14760系。通称”カボチャ電車”。ヘッドマークが 「立山あーとれいん2020」 のものでした。いつもなら正午前に撮影に来ることが多いのですが、今回は所用でお昼をまわってからとなったおかげで、日照とのせめぎ合いとなりました。まあ、これもまた鉄道撮影の醍醐味というか、自然光を肌で感じれるのでけっして辛いことではありません。


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先日からテレビカーこと10030系第2編成が気になったので、ちょっと場所を変えてみることに。さっそく改造中の元西武10000系(モハ10606?)が見えました。


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先頭までまわってみると、10030系の第4編成がお休みしていました。「使用休止車両」・・・って、何か問題でもあったのでしょうか。最近あった富山地鉄の事故といえば、東新庄付近での脱線事故(けが人なし)なんですけど、その当該車両(14760系第4編成)はピンピンしていてさっき目の前を走っていったんだけどなあ。

明らかな異常「なし」 富山地方鉄道、東新庄駅で脱線 - 朝日新聞デジタル


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そうこうしているうちにテレビカーが動き出しました。やっぱりこの編成はダブルデッカーがあってこそだよね。


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あわてて追いかけて、なんとかダブルデッカー車両を日の当たるところへ合わせることができました。


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これはそのときの失敗写真-でも、案外これも雰囲気があって我ながらとても好き。


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ここまで譲渡された車両ばかり撮ってきたので、たまにはオリジナル車両も撮ってみっか。こうした記録写真も、いつか時代が変わったときの証明写真にもなるし、鉄道模型を買ったときのデティールチェックにも使えるのでけっこう大事。記憶だけではどうにもならないことを写真に残しておくのだ。


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西武10000系のヘッドマーク、『小さな旅』 ですって。いやいや、ここまで来るのもなかなかの旅だったんじゃないの?―来年のデビューを心待ちにしつつ、ときどき散歩がてら様子を見に来ようと思います。


鉄と私


富山地鉄が西武鉄道より譲り受けた 『ニューレッドアロー』 こと西武鉄道10000系が富山入りしたということで、稲荷町駅まで見に来ました。

■西武10000系4車両が富山地方鉄道へ - 鉄道ファン

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おっ、いたいた。しかも京阪3000系を間にはさんでレッドアローパイセンもおるやないけ。ちなみに元京阪3000系の富山地鉄10030系第2編成として運用されています。元京阪の車両はぜんぶで8編成が富山地鉄へ導入されましたが、オリジナルの塗装の残したのはこの第2編成のみです。鉄道車両というのは思っているよりも長命で、40年くらいはなんだかんだと運用され続けているように思います。現地で役目を終えた車両がこうして突飛だけれど技術力が確かな場所で活躍してもらえて、その様子を撮った写真を見た人に喜んでもらえるのが幸せなんです。


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とかなんとか言ってるうちに、元西武5000系のレッドアローパイセンが富山駅方面へ動きだしました。この写真のツボはまだ方向幕が入れ替えられていなくて、逆方向の立山方面行となっているところです。


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さて、今回新たに後輩くんが来ちゃったおかげで、パイセンの立場がどうなるか気になるところ。富山地鉄で運用されている元西武5000系の2編成は、ともに製造年が1969年から1970年ごろ。富山地鉄に譲渡されたのは1995年から1996年ごろということで、単純に考えて半世紀近くも現役で走っていることになります。このまま引退―廃車という流れかもしれませんが、どの地域でも思い出深い名車であることには変わりはないので、計画されている稲荷町駅周辺の一体整備に伴い、静態保存とかされないかなあ、と思っています。

稲荷公園に1万人アリーナ 富山で計画、年内に準備組合 - Yahoo!ニュース



鉄と轍


生活圏での移動はおもにクルマであるのに、なぜ鉄道路線に興味を惹かれたかという話をずっとしてみたくて、自分の子供のころの記憶と地元の鉄道事業者の沿革とのすり合わせをしたのをまとめたいと思います。

小学校へ上がるかどうかの時期に、よく一緒に遊んでいた友だちを鉄道事故で亡くしています。富山地方鉄道の東新庄-越中荏原間にある住宅地の路地に突如現れるコンクリート製の大きな塀はそのとき以来のものです。当時は柵もなく、分別のつかない幼児であればふらりと線路に立ち入ってしまうのもあり得るくらいに、いろんな意味で長閑な風景でした。友だちの名前はもう思い出せませんが、あの子のお母さんと思しき女性の悲鳴が今も忘れられません。

親の転勤で引っ越しをしてからは、民営化前の日本国有鉄道が保有する富山港線の沿線の風景が少年期の記憶とセットになりました。ただし、当時は乗り物にはまったく興味がなく、どんな車両が走っていたかは1ミリも思い出せませんが、時系列を追っかけてみるとちょうど国鉄72系から457系・471系・475系に置き換わる過渡期だったことが分かりました。

自宅からかなり離れた高校へと電車通学するようになったとき、最寄り駅の駅舎はまだ木造でした。あずき色の475系を見た記憶があるため、何年か前に北陸新幹線を撮りに行ったついでに立ち寄った松任駅近くのJR西日本金沢総合車両所松任本所に留置されていた475系のA19編成を見かけたときには、ある種のノスタルジーを感じることを禁じえませんでした。

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ただ、記憶の中では水色の車体を見たことがあるような気がするので、一度くらいは国鉄の72形に乗ったことがあるのかもしれません。

高校を卒業し、職を得て自分でクルマを運転するようになるころには電車の乗り方も忘れていましたが、ときおり見かけるようになったキハ120形がいつも乗っていた路線を走る様子には違和感しか感じず、鉄道への興味も執着も盛り上がることなく時は過ぎていきます。今となってはこれもまた富山港線がLRT化する過渡期の風景であり、最近になって高山本線の路線そばの公園からキハ120形の写真を撮るようになったのはこのときの記憶からです。

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JR西日本が完全民営化を迎える前の2001年より、閑散時間帯の合理化のために高山本線との共通運用となることで、突如目の前に出現したベネトンカラー(違)の不格好な気動車は今でも好きにはなれませんが、あの車両が富山港線が走るようになったころには路線としてはもう末期だったからということもあり、嫌いになることができません。

そんな富山港線が2006年に日本初の本格的なLRTとして生まれ変わると知ったとき、思わず 「やるなあ」 とひとりごとを言ったのは本当です。第三セクター化したところで運用するのはこれまでどおりの車両だと、街の風景や人々の生活を変えることはできないし、LRT化することで将来的に富山地方鉄道の富山軌道線への乗り入れを可能にしたことを思えば、これは素晴らしいことだと思いました。

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最近になって知ったのですが、富山港線とは富岩(ふがん)鉄道株式会社が開業した路線を、1941年に富山地方鉄道に譲渡したという歴史があったそうです。1943年に国有化されたものの、2020年2月22日に富山ライトレールが富山地方鉄道に吸収合併されたことで、なんと77年ぶりにこの路線が富山地方鉄道のものとなりました。

ただ、これまでずっと国鉄やJRと富山地鉄はまったくの別物と認識していたのに、急にそんなこと言われても・・・と戸惑っているので、今はまだ富山市街地に乗り入れているTLR0600形を正視することができません(苦笑)。だって、ライトレールが地鉄の線路を走って富山大学の前に留まってるんだぜ?一瞬自分が今どこにいるのか分からなくなるこの気持ち、誰かに伝われ・・・!

そしてその富山地鉄の軌道線ですら、過去には旧:新湊市(現:射水市)まで鉄路を伸ばし、高岡駅までつながっていた時代があったとなると、富山県そのものがコンパクトシティだったのだなあと思いました。

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今でも生活圏での移動はクルマ中心ですが、職場近くで見かける万葉線の車両とそれらが溶け込む街の風景を眺めていると、自分が子供のときに気づくことのなかったものが見つかるのではないかと思って、今は万葉線を足掛かりに地元の鉄道史を少しずつ掘っていると今日この頃です。

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