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ファンタスティック・フォー


4つちがいの末の妹が、もうじき40歳の誕生日を迎えることを不意に思い出し、20年前にきょうだいがみな20代になったときには父親が勧めてくれた個人経営のレストランで食事をしたときの記憶をたぐり寄せ、きょうだいがみな40代になる今年はまた集まりたいなあと思った。ちなみにそのレストランはずいぶん昔につぶれてしまいました。そのあとに居抜きでラーメン屋が3つくらい続いているけど、前を通りがかるたびに店が変わっている。そろそろ気づけよ、と思う。

6畳2間の狭い公団住宅で育ったおれたちは、40年前の当時でも珍しがられ、時にはかっこうのイジメの材料にもなるくらいにきょうだいが多かった。多いといってもたったの4人だぜ?というのがおれの感覚だ。なので、今でもふつうに友人・知人で4人の子供を育てている同年代の人たちを見てもおれはとくに驚かないし、むしろ年の離れた3人きょうだいを育てていることに今は人に驚かれている。

年子の姉と、2つずつ年が下の妹たちとは、当たり前だが小さいころにはよく喧嘩をした。なまじ人数が人数なので、1対3もあれば、2対2もあり、タッグを組む相手もそのときどきで変わることもあったし、「昨日の敵は今日の友」というシチュエーションは日常茶飯事だ。つまるところ、仲が悪かったんじゃないかとふと思ったが、それぞれが大人になって離れて暮らすようになり、ときどき実家に集まって顔を合わせたときの平和な空気を思い返すと、人にはお互いに適度な距離感が必要なんだと学ぶことができた時期だったんだろうな。

ヨウコという名前で4番目の子供ということで、末の妹には「ヨン」という呼び名がついた。毛量が多く、髪が爆発したように広がっているので、きょうだいの中では「ライオン」とも呼ばれていた。あるとき、おれがトイレに立ったときにヨンが後ろをついてきているのに気づかずにドアを勢いよく閉めたら、ヨンの右手親指をはさんでしまい爪が剥がれてしばらくの間指しゃぶりができなくなった。愛用の親指がしゃぶれなくなったので、ヨンは人差し指と中指の二本を愛でるようになったのだが、結局親指が治ってもそのまま日本指をしゃぶり続けた。

子供のころからか罹っているアトピー性皮膚炎と関係があるかどうかは分からないが、今でも特に症状のひどい右手の指二本を見ると当時のことを思い出す。よく病気をしたわりには背は高くて、たまたま立ち寄った商業施設で遠くにデカイ女がいるなあと思っていたら自分の妹だったということもあったよな。

きょうだいの中では誰にも似ず、子供のときの喧嘩でも1対3の1のほうになることが多かった。何年か前に実家で見つかったおばあちゃんや母親の若いころの写真を見ると、逆にヨンのほうが誰よりもおばあちゃんや母親の若いころにそっくりだったことがあった。おれに似て性格の悪い父親が、ヨンに「お前は橋の下で拾ってきた」とからかっているのをとなりで聞いて間に受けててゴメン。

さて、近いうちに4人で集まるのを母親に打診しておこうかな。上の妹のアッコは忙しいだろうから、あいつの予定に合わせる感じで考えておこう。主役はヨンじゃない、きょうだい全員なのがおれたちのルール。


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