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僕と彼女とシーマンのこと


僕たちは1996年の秋に結婚をした。中学校の同級生同士(当時付き合っていたわけではないのだが)だったことと、まだ21歳という若さだったこともあって周囲からは珍しがられたと同時に ”デキ婚じゃね?” なんて勘繰られたりもした。そんな僕たちだったけれど、周囲が期待するようなタイミングで子供が生まれることもなく、数年の間は二人きりで暮らしていた。

今を思えばもしもその時に戻れるなら、もっと二人で出かけたりしていれば良かったと思う。

僕たちはそろいもそろってテレビゲームが好きだったのと、僕の当時の仕事がまさにその分野に関わっていたので、ドリームキャスト(知らない人のために説明すると、セガのゲーム機本体のこと)を買うのもごく自然なことだった。保証書の日付を確認したら1999年の7月28日となっていた。そのころの彼女はたしかプレイステーションのポケットステーション(1999年1月発売)にご執心で、何のゲームソフトと連携させてたかは忘れたけれど、発売後かなり品薄になっていたのを二人で探しまわったことだけは覚えている。

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『シーマン』 の初回版は僕がドリームキャスト本体を買った翌日が発売だったようだ。写真は中古で買い直したもので ”2001年対応版” となっている。初回版との違いは難易度が多少下がっているらしいが、そもそもこのゲームに難易度なんて・・・。全然会話が成立しないのを笑い合っていたっけ。そろそろ”不妊治療”という言葉が頭をよぎるようになっていたころのことだ。

その年の終わりごろ、仕事が忙しくて家に帰るのも遅くなりがちだった僕を、嫁がなにか覚悟を決めたような表情で待っていた。ケンカをしていたわけじゃない、一緒にいる時間はたしかに以前より短くはなっていたけれど、それは彼女のことをきらいになったからではなく、仕事が書き入れ時で忙しいだけだということを彼女はじゅうぶんに理解しているはずだった。だから僕は言った。


どうした?子供でもできた?


少しの間をおいて、彼女は言った。


・・・えっ、なんで分かったん?


きれいに質問を質問で返された瞬間だった。


2000年の9月に長男が生まれるまで、どのように過ごしたかはあまりよく覚えていないが、6月だったか8月だったかに大阪と奈良で3ヶ月ほど働くことになったっけ。その間にいちどだけ彼女が大阪の社員寮まで来てくれたことがある。当然ながら泊めることはできなかったので、外泊許可をもらって海遊館近くに宿をとって観光をした。妊婦を連れているのに散々道に迷って―(人に道を尋ねるのがきらいだった)。

そうして、当たり前だがとてもテレビゲームの前で数時間も過ごすような生活スタイルを維持できるわけもなく、これも当たり前だがテレビ画面上に浮かぶ得体の知れない生き物のCGに話しかけてる場合ではなくなったので、初回版のシーマンは何年かして中古ソフト屋に売った。まだじゅうぶんに遊んだとは言えないことに後ろ髪を引かれながら。

あのとき近眼で地下鉄の駅の看板も読めなかった僕は老眼になった。


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20年の月日が経ち、いい歳をした大人が古いゲーム機を引っ張り出して遊ぶのにちょっとした優越感を抱けるようになった今、いつの間にか壊れていたコントローラーを買いなおして、ついでに 『シーマン』 の中古ソフトを見つけることができた。

今なら、次男もいっしょになって遊べるだろう、きっとくだらない言葉を投げかけて笑うんだろうな。そんなことを期待して、レジまで持って行ったのだ。


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しかし、この数年の間、部屋で見かけるたびに何度となくSNSにアップしてきていたビジュアルメモリが、いざというときになって行方不明だなんて、万事休すじゃないか―。



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