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My Left Foot


4~5日前から左ヒザが急に痛くなりまして。

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正確に言うと、ひざのお皿の下あたり、ヒザというよりもスネの先端を中心に、直径5~7cmの範囲で赤く腫れ、周囲とは極端な違いを感じられるほど熱い。痛みはそれほどでもなく、ヒザが曲げにくいだけなのでそこらへんにあった虫さされの薬を塗って、仕事に行った。立ち仕事なので、9時間も経てば血液が脚へと下がってくるのと同じように、腫れや熱もふくらはぎや足首まで広がっていく。

ヒザ下が腫れることで脚が曲がらなくなってとにかく歩きづらい。職場の配置薬(富山だからね)の中からインドメタシン配合の湿布を見つけ、患部を冷やすことでなんとかやり過ごした二日後、ついに異変が起きた。

重たい脚を引きずりながらどうにか家にたどり着いた僕は、冷蔵庫―東芝製のよくある3ドアのやつだーから最初のビールを取り出そうとキッチンへと向かい、やれやれやっと一日が終わると息を吐いたあと、急激に寒気を感じ、全身が震え出した。とにかくこれはヤバい感じだ、とてもビールどころじゃない。これ以上震えないよう厚着をして、眠るんだ。そう囁くゴーストに従いながら目を閉じた。

嫁の声が聞こえる。「救急(病院)に連れて行こうか?」―おれは答える。「んー?行かねえ・・・」(救急病院って、テレビドラマのようにはいかないのを知っているからさあ)



脂汗をたっぷりかきながら眠り、目が覚めたころには体も軽くはなっていた。しかし、昨晩の発作のような現象にすっかりキンタマが縮み上がったおれは、職場の上司に連絡をして出勤時間が遅れることを告げた。これは観念して通院に行くべきなのだ。仕事には行く、お客との約束が4つもあるんだ。いつもはそんなに抱え込まないのに、今日にかぎって重なってしまった。


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向かった先は、日曜祝祭日も開いている富山市内の整形外科医院。義父の病死以来、おれを嫌っているはずの義理の妹が調べてくれたらしい―ツンデレか。 祝日だったので、保育所が休みの次男までついて来た。この医院には嫁の親友が勤めていて、おれもそのことは知ってはいたが、この医院がまさか整形外科だとは知らなかった。・・・というくらいに怪我や病気をしたことがなかったからね。

昨晩のことを嫁が先に親友に伝えてくれたおかげで、診察までは何もかもスムーズに進んだ。それよりも驚いたのは、ふだん自宅と実家までのほんの短い距離しか車を運転できないはずの嫁が、最寄りとはいえないこの医院まで連れて来てくれたことだ。

診察結果?せめて、『痛風』 とでも言ってくれたらオチでもついたのに、ロキソニンと胃の保護薬と化膿止めを処方されただけだった。レントゲンの結果、骨には異常もなく―脛骨の上側の欠けたような部分を写真で見たときの医師の反応が不自然に感じたけど―ただ、炎症が起きているとだけ告げられた。

まあ、患部の箇所から推測される最悪のケースとして、感染性関節炎とか蜂窩織炎の名もネットで調べたさいに出たけれど、症状が近いのは蜂窩織炎かも。ただし、水は溜まっていないし皮膚も爛れていない。とにかく、血液検査のデータでは肝機能の低下が著しいのが表面化しちゃったので、嫁には 『痛風予備軍』 ということにしておけと宣告され、親知らずを抜いて以来の禁酒生活が始まった。これである程度数値が正常に近くなっても脚が治らないなら、そのときは考えよう、と。これまでお腹を壊すのを言い訳に牛乳を飲まない(子供のときはふつうに飲んでた)、酒のつまみにあたりめを好んで食う(プリン体の宝庫らしい)という生活を改めよと義妹からも指摘されたのは、肝臓ガンで死んだ父親のことを思い出したからだろう。

仕事が休みの今日は、嫁宛ての荷物の受け取りのために留守番をさせられつつ、『レディー・プレイヤー・1』 を観ている。公園遊びは禁じられたが、おれは動かずに子供だけを公園で遊ばせるのは問題ないと思うので、言うことは聞かないことにした。だって、次男も楽しみにしていたからね。

脚は相変わらず痛い。これまでヒザに近い部分の周辺だった腫れが、ヒザ下から足首まで広がって、くるぶしの後ろが膨らんできた。患部だけ見れば完璧に痛風なんだけれど、尿酸値は高くないのよ、あくまでもγGTPが高いだけで。



ああ、ビール呑みたい。



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